理想の死に方

佐々涼子さんのエンドオブライフを読み終えて、久しぶりにばーちゃんのことを思い出したくてブログを見てみた。

もう2年前なんだなあ、ブログのこともすっかり忘れていた。この本にあるような自分の部屋で死ぬ選択をしたばーちゃん、2階の窓からお湯を入れてお風呂に入ったり、孫が訪れたりしてたっけ。

 

 

もしわたしが死ぬとき、寿命が知れるなら、どこで死のうか。実家といえる実家もないし(あるんだけど)、むしろ今一人暮らししてる部屋が好き。でもそこには友達も両親もいなくて……それなら故郷に帰るか。

 

どこで、誰に看取られたいか。それがすぐピンと来るのって贅沢だな〜。わたしの居場所はないわけでもないし、友達も家族もいる。でも誰に頼る?きっと母親だろうなぁ。

 

お葬式して欲しい訳ではないけど、死んだ後見送りでBUMPのグロリアスレボリューションを流せたらかっこいいよなあ。笑 (ダサいか?)

 

自分が死んでも、まわりの人はあ、死んだんだ…くらいで思いは馳せないで欲しい。勝手に色々想像して悲しんだり悔しくなったりしないで欲しい。わたしのための時間なんて無駄……。は言い過ぎか。

でも無関心すぎても寂しくなるのかな〜??

 

わからない。多分余命宣告されたとしてもわからない気がするし、悲しくなったり来世に期待したり忙しそうだ。

 

もう26歳になってしまった。自分の死に場所、ぴったりの場所が見つかるといいな。